■江崎浩司/ヤコブ・ファン・エイク/≪笛の楽園≫  
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  [録音評] レコード芸術2022年6月号より
 ●使われている各楽器の実音をしっかりと聴かせつつ、
 ホールの残響音のバランスもいい。定位もセンターに
 きちんとある。ルネサンス・アルトやバロック・テナ
 ーという音域の低い楽器の鳴りを適切に捉える一方、
 ルネサンス・ソプラノやガナッシ・ソプラノの倍音の
 のびや微妙な音色感の違いも聴かせてくれる。収録は
 神奈川県立相模湖交流センター。   (鈴木 裕)
レコード芸術・2022年度 第60回 レコード・アカデミー賞 音楽史部門 受賞
 
 
 
  ブックレットより(抜粋)

 たまたま目に入ったTV番組、それも単発の教養物などから流れてきたナレーションに接して、なんだか
耳に記憶のある俳優やタレントの声が既視感的に脳裏をよぎるときがありませんか。 楽器としての笛も
吹き手の人格を反映することはもちろんだが、発音体がシンプルで固定されたリコーダーの類になると、
その管固有の持ち音は、すなわち楽器自身の”声”としての存在感を発揮する。

 毎回のリリースで江崎さんが、曲の世界を語らしめる上で多種多様を極めた笛を使い分け、我々の耳に
説得力豊かな演奏を届けてきたことは改めて語るまでもない。 そして「笛の楽園」も第2集が佳境に入る
アルバムともなれば、過去の音源を深く聴きこんできたリスナーほど、各曲を彩る特徴的な笛の音に記憶
を刺激され、「あ、この曲でまた!」と思わず膝を叩くような場面に出くわすのではないか。

 同じソプラノならソプラノの音域でも、少しずつ異なるキャラクターを持つ笛に表現を託しつつ描き上
げた一連のディミニューション。それがいわば重層的な記憶までおりなす形で、楽園の風景を聴き手の脳
裏に喚起するのだ。聖俗貴賎が入り混じり、喜怒哀楽が交錯する生身の世界を昇華して得られた世界と、
そこを行き交う登場人物たちの姿に多面性を実体感の両方が与えられていく。
絶妙に”キャスティング”された”声”を、その語り部としながら。
                                       (木幡一誠)

 
 
 

 ~レコード芸術 2023年1月号より  (
第60回レコード・アカデミー賞・関連記事

ファン・エイクの底知れぬ宇宙を 純度高く描き切った歴史的壮挙
レコード芸術2022年度第60回レコード・アカデミー賞 音楽史部門

  ディスク紹介                 那須田務 

 これもまた感動的なアルバムである。17世紀オランダのカリヨン奏者にしてオルガニストのヤコブ・
 ファン・エイク。たった一本の笛で奏でられる主題と変奏が150曲。江崎浩司は2016年にそのすべ
 てを録音する壮大なプロジェクトをスタートさせたが、全曲録音を終えた2021年12月に急逝した。

 一本の笛とはいえ、特に楽器の指定があるわけではない。そこで当シリーズでは十種類もの様々な古楽
 器(大小さまざまなリコーダーやショームなど)を吹き分けている。全8巻がすべて特選となるなど高
 い評価を得ているが、自身による解説を書いた最後のアルバムとなった第7巻が受賞作となった。

 対立ではなく和合の大切を歌う《詩編133》や《愉しい五月》《夜うぐいす》、老人と若い女性の会話
 をユーモアたっぷりに模倣した《ヤンネマンとアーレムーア》など18曲。その演奏は全宇宙を内包する
 ような底知れぬ深みを湛えた笛の音とともに、皮相な感情を超越した純度の高さで聴き手の心に迫って
 くる。


  選定経過  受賞ディスク決定まで          美山良夫 
 
 今年度は各選者がノミネートするディスクが多く、例年同様に熱心な討議を経て行われた。一方で、
 同じ演奏者演奏団体が連続して受賞するよりも、様々な演奏家を紹介しようとしてきた過去の経緯を
 ふまえ、昨年受賞したヘレヴェッヘのモンテヴェルディなど、ノミネートを控えたディスクがあった
 ことを、最初にお断わりしておきたい。

 それでも選者のノミネートは多岐にわたり、それぞれの価値観から多めに選んで討議に付そうとした
 ためか、結果として16点ものディスクについて検討することになった。これは筆者が「音楽史部門」
 選考に関わるようになって以来初めてである。

 とはいえ、三名が共通してノミネートするディスクと、一人だけが挙げているディスクにと両極化し、
 その中間がほとんどないため、選考は自ずから全員が一致して推挙したクリスティ指揮のラモー《プラ
 テー》、江崎浩司によるエイク《笛の楽園》第7集、同第8集、そして濱田芳通によるおなじく《笛の
 楽園》に絞られた。

 クリスティが今も新鮮で魅力的な演奏を送り出していることに一同驚嘆しつつも、かつてリュリ《アティ
 ス》ラモー《イポリトとアリシー》という画期的な名盤により部門賞に輝いていることを勘案した。新鮮
 で音楽が躍動する濱田芳通のエイクは、今後のディスクにも期待とし、江崎浩司盤を全曲録音完成の意も
 こめて推挙へ。ただし一枚のみとのことで、彼が解説も書いている第7集を最終的に部門賞とした。


  受賞レーベルからのメッセージ             フォンテック・レーベルより 
 
  江崎さんが急逝された2021年12月は、まさしく本作の制作が終盤にさしかかる頃でした。
 つい数日前まで連絡をとっておりましたので、俄かには信じられませんでしたが、録音は全曲済んで
 おりましたので、本シリーズを完結させる事ができました。江崎さんが季刊『リコーダー』誌に寄せ
 られた文章をもって、コメントに代えさせていただきます。

 
     ~♪~

 《笛の楽園》録音が始まります。
 初日にまず、録音会社(株)フォンテックのスタッフ3名と「皆が健康で無事に録音できますように!」
 と誓い合いました。天変地異や病気など様々なことが起こりえるのです。

 《笛の楽園》はエイクの死後も人気を博していました。この頃のオランダの文化芸術はいったいどこへ
 向かっていったのか。国の成立、宗教、文芸、絵画……様々な方向からこの《笛の楽園》を見る、聴く、
 考える。全曲録音と同時に、エイクとこの時代のことをブックレットに書かせて頂き、全8枚になるCD
 を連続した読み物のように展開する予定です。

 さて、約5年かけて全151曲を録音し終えました。
 使用楽器は、リコーダー、ダブルリードを含め15種類。
 2022年発売の最終Vol.8でシリーズ完成となります。御期待下さい。」

 
~ 以上、季刊リコーダー」江崎浩司/V.エイク「笛の楽園」全曲録音プロジェクトによせて〈僕とエイクと楽園と〉より抜粋 ~ 

  お知らせ
 対談「ファンエイク《笛の楽園》全8集が伝えるもの」(満津岡信育/矢澤孝樹)が
 レコード芸術2023年2月号View point に、5頁にわたって掲載されています。
 


 ~レコード芸術 2022年4月号 【先取り!最新盤レビュウ】より~

  楽器ひとつで真っ向勝負 後世に伝えるべき名盤     那須田務 
 
 これまでの6枚すべて「特選盤」の高評価

 バロック・オーボエ、リコーダー奏者の江崎浩司さんが昨年12月15日に急逝された。
 享年50歳。心よりお悔み申し上げます。

 江崎さんはデビュー当時から つのだたかし氏の天才楽師集団タブラトゥーラなどで多彩な才能を発揮。
 ブリュージュ国際コンクール・アンサンブル部門で第二位および聴衆賞を受賞して国際的な評価を得た。
 演奏、指揮、教育、作編曲はもとより、劇の音楽や脚本などジャンルを超えた活躍振りだった。

 そんな江崎さんが2016年から取り組んでいたのが、ヤコブ・ファン・エイクの《笛の楽園》全曲録音。
 エイクはフェルメールやレンブラントらの時代にオランダのユトレヒトで活躍した盲目のオルガニスト兼
 教会のカリヨン奏者。教会の中庭でリコーダーを吹いて市民を楽しませたという故事が伝えられている。
 《笛の楽園》は当時の流行歌やカルヴァン派の詩篇の旋律をもとにした一種の変奏曲。一曲数分程度とは
 いえ、全2巻約150曲の膨大な数なので全曲録音はごくわずか(たとえばダン・ラウリン盤)。
 江崎さんのシリーズはこれまで6枚がリリースされ、今回ご紹介するのは第7集である。

 これまでの6枚はすべて本誌音楽史部門で「特選盤」の高評価を得ていて今さら多くを語る必要はないが、
 改めて特徴をまとめると、WYZ版の楽譜の順に収録され、記譜通りの無伴奏ながら、曲の性格に合わせて
 様々なリコーダーや時にショームなど、毎巻10種類もの古楽器を使い分けていてヴァラエティに富む。
 江崎氏自身の解説も楽しい(他に木幡一誠氏の巻頭言)。
 エイクのことや《笛の楽園》の制作動機や150曲という曲数の意味などについて考察しているのだが、
 ミステリーのような話がアルバムを跨いで展開されているので雑誌の連載を読んでいるような面白さ。

 ところで、読者の中には《笛の楽園》の〈アマリリうるわし〉〈涙のパヴァーヌ〉〈美しき娘ダフネ〉
 などの曲をブリュッヘンのLPで親しんだ方もおられるだろう。そのブリュッヘンはリコーダー奏者と
 して最後の活動をしていた1980年代に盛んにソロのコンサートを行っていたが、そうした折の、
 たった一本の笛の奏でる全宇宙を内包するような底知れぬ深みを湛えたサウンドが忘れられない。
 江崎さんの《笛の楽園》はまさにそれに匹敵する。いやそれ以上かもしれない。


  ■シリーズに一貫する純度の高い演奏

 今回の第7集には、対立ではなく和合の大切さを歌う〈詩篇一三三〉など18曲が収録されているが、
 たとえば、いずれもガナッシ・タイプのソプラノ・リコーダーで吹いた〈イギリスのナイチンゲール〉
 異稿やダウランドの歌曲を原曲とした〈我が過ちを許してくれようか〉の、皮相な感情を超越した、
 透徹したサウンドと無心の境地を感じさせる純度の高い演奏は感動的だ。このような特徴は他の巻の
 どの曲にも言える。そうかと思えば〈ヤンネマンとアーレムーア〉ではルネサンスのテノール・リコ
 ーダーで老人と若い女性の会話を表現してみせる。江崎さん一流のユーモアだろう。

 はからずも遺作になってしまったが、
 録音はすべて終えているので近いうちに最終巻の第8集も出るという。
 素晴らしい音楽を遺してくれたことに感謝したい。


 ~レコード芸術 2022年6月号【 新譜月評 】より~

  特選盤  推薦     美山良夫 
 
  活版印刷による横長の、素っ気ない楽譜から導き出される演奏の的確さ、表情の豊かさ、描き分け
 られる音楽の多彩さ。400年もの時空を超え、今もみずみずしく眼前にひろがる響きと、その後景に
 感得されるエイクの生活感情や生きた時代。その完結が間近になってきた江崎浩司による《笛の楽園》
 全曲録音は、この第7集も従来同様の充実した聴体験を与えてくれる。

  第6集までに記した点の繰り返しにもなるが、多種のリコーダーを使い分け、さらにはショームをま
 じえての演奏を披露する。曲の性格ごとに、またもとの旋律の背景や付されていた歌詞内容に呼応した
 楽器の選択に感心させられる。楽譜には「モード」と記されている変奏が進むにつれ細分化されてゆく
 ディミニューション演奏の安定、なかでもテクニック偏重をさけ、音楽的な統一のなかに溶融してゆく
 見通しのよい構成力。使用した旋律の出自をリサーチし、ときには自身のエイク像と結びつけた解釈を
 提示する解説文も、大いに聴くものを魅了するであろう。

  このディスクには、《笛の楽園》のなかでも特に有名な作品のひとつである〈イギリスのナイてィン
 ゲール〉と極めて似た、それでいて技巧的にはより華やかでもある〈ナイティンゲール〉(ガナッシ・
 ソプラノで演奏)が含まれ、ほかにカルヴァン派の詩篇曲による作品、人口に膾炙した世俗歌〈愉しい
 5月〉による長大な変奏など、聴きどころも多いアルバムとなっている。


  特選盤  推薦     矢澤孝樹 
 
  エイク《笛の楽園》全曲録音という江崎浩司の一大プロジェクトも残り2枚。今回は18曲を収録、
 〈狂ったシモン〉や〈レンテルー〉など既出のテーマが再登場、長くシリーズを聴いてきた方なら変奏や
 江崎のパフォーマンスの違いを楽しまれるだろうし、ここから聴かれる方も何の問題もなく、多種多様な
 笛一本による、広大な宇宙を満喫できる。少し前にラザレヴィチの抜粋録音が出て、民俗楽器と踵を接する
 雑味や即興性がユニークだったが、江崎の演奏は「本道」に聴き手を連れ戻す。その響きはますます透徹し、
 蒼穹に伸びあがる。いつもながら博識の解説も楽しく、今回は当時のオランダ音楽を批評的に論じているの
 が興味深い。
 
 そしてエイクの死についての記述に胸を衝かれる。江崎浩司は昨年12月15日、50歳で急逝した。
 かくも突然召された稀代の達人の魂に、祈りを捧げる。

 《笛の楽園》は完結編の次巻まで、録音は済んでいるという。そのことに救われつつ、制作で気になる
 点がある。当盤には江崎浩司の急逝、当全集の行く末などの記述がない。江崎のHP等を見ればわかるし、
 完結巻で明示するのかもしれないが、理由はともあれ、演奏家の逝去が当の盤においてあたかも「察し
 てほしい封印事項」なのはなぜか。そもそも最終的な編集やミックス・ダウンに本人はどの程度関われ
 たのか。内容を鑑み推薦とするが、制作自体にそれをためらわせる疑問を感じることは申し添えておく。



 ~月刊 モーストリー・クラシック 7月号 【音楽史・バロック】より

   一曲ごとに楽器を持ち替え、笛の魅力を味わい尽くす     佐藤康太 
 
  江崎による「笛の楽園」全曲録音の第7巻。無伴奏で、かつすべての作品が簡潔な主題とそれに基づく
 変奏という、ある意味変化に乏しい構成だが、江崎は1曲ごとに楽器を持ち替えることで音色を変え、耳
 を楽しませてくれる。変奏部分ではその高度な演奏技術だけでなく、多種多様なアーティキュレーション
 によるニュアンスの変化にも驚かされる。笛の魅力を味わい尽くす、まさに「楽園」のような一枚だ。

 
 
 
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H.H.

 
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