「堀江はるよのエッセイ」

〜日常の哲学・思ったこと考えた事〜


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いろいろ


  久しぶりに庭仕事をした。

  雨になるというので、6時に起きて朝食も早々に始めたが、結局降らなくて、
  思いつくままに、あれもこれもと昼近くまで働いた。

  紅バラは、咲ききったのを摘む。オールドローズは香りが良いので、
  摘んだ花は、洗ってザルに伏せて水を切ってから、花びらだけにして、
  ジャムにしたり、お酒に漬けて化粧水にしたりする。

  ミントが根を伸ばし始めているので、日当たりの良い一角を領分と決めて、
  他の草を抜く。去年は放っておいたら、ドクダミに負けて消えてしまった。
  天日干しのミントティーは美味しい。今年はちゃんと収穫しなければ。

  ゴーヤは準備しておいた土に植える。震災が起きて暫くは庭仕事をする気持に
  なれなくて、石灰を買うのも、土を掘って混ぜるのも、苗を買って来るのも、
  ヨッコラショと自分に掛け声をかけながらだったが、無理して良かった。


  年末に、知人との間に天災のような事件が起きた。たまにしか会わないけれど
  私にとって大切な人だったので、ショックを抱えたまま心の波を鎮めきれずに
  いるところへ震災が起きた。巨大なスケールのショックに呑みこまれたように、
  プライベートなショックは影が薄くなって、何やら妙な具合に気が楽になった。
  きっと時間が解決してくれる。今は静かに待とう。


  テレビのドラマの前に、毎回歌が流れるようになった。

   “こういうときに、歌っていていいんだろうか?…と思いましたが、
    ボクたちに出来ることは、これしかありません。
    どうぞボクたちの歌を聞いて元気を出して下さい”

  というような前置きがあって、いろんな歌手が、いろんな歌をうたう。
  気持は分かるけど、歌っていていいんだろうか?…は余計ではないかしら。

  歌手が、歌うことについて人の思惑を気にするのは、ナンセンスだ。
  こんなときに歌なんか聞きたくないという人もいれば、彼らの歌を聞いて
  生きる勇気を貰う人もいるだろう。受け取り方も好みも人の数だけある。
  いろんな人が、いろんな方法で、心を込めて自分に出来ることをすれば、
  いろんな人に、いろんな方法で助けが届く。プロなら堂々と歌えば良い。


  菅首相の浜岡原発停止の要請で、ふっと気持が軽くなった。
  大きな大きな問題の、ほんの一角に過ぎないけれど、一つが動いた。
  動いたんだ…まだ日本は大丈夫かもしれない…と思った。


  2002年に作られた映画「東京原発」を、偶然見つけてDVDで見た。
  娯楽映画の形をとった真摯な警告だったのに、公開された当時この映画を
  見た人はどれだけいただろう?

  「東京原発」オフィシャルサイト」http://www.bsr.jp/genpatsu/
  この映画の原作が広瀬隆氏の「東京に原発を!」だというのは誤りらしい。
  脚本・監督の山川元氏による同名の小説が、竹書房文庫から出ている。

    *     *     *

  震災後に私が見た浜岡原発関連のサイトを挙げておきます。

  「元GE技術者・菊池洋一さん講演」(2003/3/31)
     http://www.stop-hamaoka.com/kikuchi/kikuchi2.html

  「YouTibe-心からの叫び!元原発技術者菊池洋一さん…」(2011/4/15)
   http://www.youtube.com/watch?v=gNWVljrvl3o

  「菊池洋一氏(元GE技術者・福島第一原発設計者」(2011/4/21)
   http://iwakamiyasumi.com/archives/8821


                              2011.5.14



タンポポ


  タンポポの若葉をサラダにすると言うと、“えっ、食べられるんですか?”と
  驚かれて、“えっ、知らないの?”と、こちらもビックリする。
  私は、どこで知ったのだろう。

  第二次世界大戦のときフランスでタンポポの根を干してコーヒーの代わりに
  したというのは、何かの本で読んだし、人からも聞いた気がする。
  地上部分の料理については、オー・ヘンリーの短編で読んだ。


  物語は、タイピストのサラがメニューを前に泣いているところから始まる。
  彼女はレストランの日替わりメニューカードをタイプしているところで、
  涙のわけはアラカルトの一つ、ゆで卵を添えたタンポポの料理。

  去年の夏、彼女は恋をした。
  農夫のウォルターが髪に飾ってくれたタンポポ…春になったら結婚しようと
  言っていたのに、手紙が途絶えてもう2週間。楽しかった日々を想いながら、
  サラは上の空でメニューカードを打ち終える。

  夕方、レストランからタイプのお礼に料理が運ばれてくる。
  愛の想い出のタンポポは、ソテーされて黒い塊りになっている。

   *     *     *     *     *

  震災以来、音楽が役に立つ…という表現を、ちょくちょく耳にする。

   “こういうときに、音楽が役に立つと思うんです”

  音楽は役に立つだろうか?
  牛にモーツアルトを聞かせると乳の出が良くなるとか、
  日本酒の醸造施設に音楽を流すと美味しいお酒が出来るとか、
  モーツアルトを聞かせて育てたパンジーというのも見たことがある。
  丈夫で良く増えるらしいが、この場合は、そういう意味ではないだろう。

  音楽を聞いて悲しみが洗い流されるような気がするときはある。
  でもそんなとき私たちは、“音楽が役に立った”と言うだろうか?

   *     *     *     *     *

  我が家の庭の草で役に立つのは、ミントとシソとドクダミ。
  タンポポは花が好きで、最初は一株だけだったのを、大切にしていたら増えた。
  食べるために生やしているわけではない。サラダ用なら一株で十分だ。
  あとは雑草。紫色の星型の花を咲かせるニワゼキショウ、赤まんまのイヌタデ、
  白い花と赤い実のヘビイチゴ、ピンクがかった紫色のケマン、名前に似合わず
  可憐なオオイヌノフグリ。


  でも、今もし日本が食料危機になって、空いている土地は全て畑に…などという
  ことになったら、雑草の類はみんな引き抜いてサツマイモや大豆を植えるように
  なるのだろうなぁ。タンポポも、抜くようにと御指導があるかもしれない。
  そしたら私は言うだろう。

   “タンポポは食べられるんです。
    根はコーヒーの代わりになるし、葉はサラダになりますよ。
    茎はキンピラに、花もソテーして食べられます。
    健胃、利尿、消炎、解熱、強壮、抗がん作用もあるそうで、
    タンポポは役に立つんです”

  そんなことを言わなければならない時が、どうぞ来ませんように!


  多くの人が、花を愛するような気持で音楽を愛しているのではないか。
  それなのに音楽家が、なぜ“音楽は役に立つんです”なんて言うのだろう。

  この世界には“役に立たつか立たないかでは測れないもの”が沢山あって、
  その一つが音楽で、そのことを一番知っているのが音楽家のはずなのに。



                              2011.6.15



 ミント  
   


  朝の水遣りを済ませて、もうかなり陽射しが強くなっているのだけれど、
  “今じゃなきゃダメ!”と言われたので、作業を始めることにした。

  命令したのは「おテントさま」。
  漢字にすると「お天道様」。いえ、新興宗教の教祖様ではなく太陽…というか、
  人間社会を含めた天地の運行のメカニズムみたいなものを擬人化して、昔の人は
  こう言った。”いい若者が昼間っからゴロゴロしちゃ、おテントさまに申し訳が
  ないよ”とか。まぁ、こう暑くては昼寝も大切ですが。


  昨日水遣りをした時に、ミントの間に小さな穂のようなものがチラと見えた。
  それが今日は数が増えて、少し目立つようになっている。これはミントの蕾で、
  花が咲ききると葉が油臭くなって、ハーブとしては使い物にならい。
  収穫するなら今…というのが、おテントさまの御託宣で、熱中症も心配だが
  逆らうわけにはゆかない。


  去年は手入れを怠ったので、殆ど収穫できなかった。
  ミントティーは好きだが、市販のものは高価で、買ってまでとは思わない。
  蔓のように伸びた根ごと抜いて洗って干して、干し上がった茎から葉を一枚ずつ
  手で取って集めて、紙袋に入れて保存するまでの一連の作業は、とても面倒だが、
  それさえすれば今年一年お姫様のような贅沢を、ミントに関しては出来る。
  ここは頑張らねば…また後悔するのは嫌だ。

  一抱えほど抜いて根を切って、葉に残っている泥を洗い流すべく、庭の水道の
  蛇口の下に置いた大きめの発泡スチロールの箱に漬けて、夕方にでも続きをする
  つもりでいたが、昼過ぎに見たら、暑さで水の温度が上がって茹りかかっている。
  慌てて、照りつける太陽にジリジリと背中を焼かれながら、束ねにかかった。

  こんぐらがった茎を水から引っ張り出しては、もう一度チャポチャポ洗う。
  片手で楽につかめるくらいずつ紐で束ね、軒下の物干し竿に並べて干す。
  まだ抜いてないのが沢山あるので、作業はあと三日くらい続きそうだ。


  去年までは、お好きな方にプレゼントしたりしたけれど、今年はどうしようか。
  そんなもん気にしないで…とばかりは言えない事情が発生している今、素人の
  作ったものを他人様に差し上げるのは、控えたほうが良いのだろうか。
  どうしてこんなことになってしまったのだろう?

  社会が大きくなって、システム化されて見えにくくなってしまっているけれど、
  土にものを植え、出来たものを口にするのは、人間の最も基本的な営みの一つだ。
  植木鉢一つから本格的な農業まで、どのような形にしろ「それが出来ること」は、
  この日本に於いて、無言で保証された権利だったのではないか。

  ささやかな庭仕事をしながら、3月11日が頭を離れない。
  おテントさまのあずかり知らないことが起きてしまった。
  
                          2011.8.14



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