「堀江はるよのエッセイ」

〜日常の哲学・思ったこと考えた事〜


CDと楽譜


二十三の巻

落し物



Talking OWL
 


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カタツムリの独り言
こちら!


落し物



 “パサッて、散らばったんです”

我が家へ訪ねて来た若い女性が言う。
久しぶりの休日に、ウインドショッピングでもしようと出かけた。
十字路で信号待ちしていたら、反対側の歩道を中年の女性が歩いて行く。
見るともなしに見ていると、何か落とした。目を凝らしたら、これがお札。
女性は気がついていない。呼び止めたいけれど信号は赤、広い道路には車が
ダーダー走っていて、叫んでも届きそうにない。あ…と思っているうちに、
女性は信号の前の地下鉄への階段を、スタスタと下りて行ってしまった。

 “1万円札が1枚と、千円札が3枚か4枚ありました”

大きさと、色の具合で判ったそう。
長い信号にヤキモキしていると、四十代くらいの男性が通りかかって、
お札を拾い上げ、持ったまま角を曲がって見えなくなった。
持ってっちゃった…と思ったら引き返して来た。それらしい人は居ないかと
行ったり来たり、キョロキョロしているところへ、青になった信号を渡って
彼女が駆けつけた。

 “あー、それ落とした人、地下鉄に乗るんで階段下りてきました。
  紺のコート着た女の人です…早くしないと電車に乗っちゃう!”

二人して階段を駆け下りたら、自動改札の前に、ご当人が居た。
お金を落としたことは、まだ気がついていないらしい。ノンビリお連れさんと
おしゃべりしているのに、こちらは血相を変えて声をかける。事情を説明する
こと暫し、拾ったときのまま男性が、お扇子のように広げて持っていたお札は、
無事その女性…ずんぐりしたおばさんの手に渡った。

おばさんが彼女に礼を言う。
彼女が“いえ、私は見てただけです、こちらの方が拾われたんです”と言う。
言われたおばさんが男性を見たら、何かで会ったことのある人だったらしい。
“あの…私、○○の××です”“あっ…”と会話が始まった所へ電車が来た。
彼女は二人を残して電車に乗った。


座ってボンヤリしていると、連結ドアが開いて、おばさんが来た。
同じ電車に乗ったらしい。手には先ほどのお札を持っている。

 “ありがとうございました。
  これ、取って下さい”

右手に持った「お扇子」の隅っこの一枚を、左手で掴んで、おばさんが言った。
ちょっとシワになった千円札が、彼女の目に飛び込んだ。

 “いえ、ワタシは見ただけですから…
  カンケイないですから…
  お礼は、あの男の方に言って下さい…”

走る電車の騒音に、つい声が大きくなる。ビックリした乗客たち注目の中、
彼女は断り、おばさんはそれでも渡そうとして暫し押し問答の末、諦めて
元の車両に戻っていったそう。


 “良かったわね”と私が言うと、彼女が言った。

 “でもね、私、一瞬思ったんです。
  あ、この千円札もらったら、ランチ食べられるなって。
  紙コップじゃないコーヒーと、もしかすると小さなデザートのついた
  ちょっとしゃれたランチ。目の前にパァッて浮かびました。
  卑しいこと、考えちゃったんです”

私が “グッと我慢したのね”と言うと、彼女は少し考えて、違うと答えた。

 “我慢じゃないなぁ…何だろ
  千円もらったら素敵なランチを食べられますよね。
  それって嬉しい、とっても嬉しいです。
  千円札もらえたら、私、すごーく嬉しいです。
  でも、だったら、おばさんもその千円、大事なんじゃないかしら。
  実感ありすぎちゃうんです…千円…受け取れないですよぅ…
  私、おばさんの1万3千円、1万2千円にしたくなかったんです、絶対”


また少し考えて、彼女が言った。

 “私、卑しいことを考えました。
  でもね、卑しいことを考える人間が、
  卑しいことをするってわけじゃ無いんです。
  それって、あんまり分かってもらえないかもしれませんけど”


                          2013.10.14




“堀江さんは、どうして作曲家なんですか”と聞かれた。

人生論みたいな話の続きの質問で、質問したのは文章を書く人。
子どもみたいな言い方だけれど広範囲がフォローされていて、答えるのが
難しい。大人の言葉に直せば、“汝、何ゆえ作曲家を名乗るや” だろうか。


作曲で食べているかどうか…という基準を、私は採らない。
昔から今に至るまで、純粋に作曲だけで生活を賄うことの出来た作曲家は、
ほんの一握りしかいない。これだけ世の中に音の溢れている現代に於いても、
作曲活動をする多くの人が、編曲や教えることで生計を立てている。作曲を
するだけでは食べられないのが普通だ。

資格試験は無いから、名乗ってしまえば誰でも「作曲家」ではあるけれど、
私はこの「家」という文字が胡散臭く思われて、自分を作曲家と言うのに、
ほんとうは抵抗がある。一家を成す…等と言うように、「家」という文字は
社会に認知された存在を意味するのではないかしら。傍から見てどうかと
いうことは、私が作曲をする人間であることとは関係が無い。
「作曲する人」とか言えたら良いのだけれど。

群れを成す動物である人間は、誰しも「伝えたい気持」を持っていると思う。
私はそれが他の人より、いくらか強いかもしれない。そして何かのはずみで、
心の奥底にあって、まだ言葉になっていない、“こんなふう”としか言えない
想いを、取り出して音楽という形にすることを覚え、それが楽しかったので、
やみつきになってしまった…というところだろうか。いつのまにか、自分に
とって呼吸をするように自然な営みになってしまった。


冗談に “猫がニャァと啼くようなものです” と言ったりもする。
他の人のお耳に入るものだから、しわがれ声でギャァと啼いたり、ゲッゲッと
汚いものを吐き散らすようなことはしたくない。作品を粗雑な自己顕示の道具
にしないのは、創作する人間が守るべき最低限のマナーだと、私は思う。

実績を作らなければなかった若い頃は、“書けなくなったらどうしよう” と、
考えることもあったけれど、今は思わない。只、まだ書けるのに、書きたい
気持があるのに、何らかの事情で作曲することが許されなくなったとしたら、
それは辛いだろうと思う。ペット禁止のマンションで、啼くと電流が流れる
首輪をつけて飼われている猫のような気持になるのではないかしら。

心の奥底にストローを差し込んで、まだ言葉になっていない想いを取り出して
声にするのが、私にとっての作曲。私は文章も書くけれど、文章を書くことは
私の場合、作曲の代わりにはならない。

言葉を持つ前、人は他の動物と同じように、キーとかウォーとか啼いていたの
ではないかしら。私の作曲は、その名残りかもしれない。そういえば嵐の日に
私は、窓を開けて「アウ〜」と遠吠えしたくなる。原始の血が騒ぐのだろう。


                          2013.12.14


Talking OWL


面白いものを頂戴した。
身長20センチほどの白フクロウの縫いぐるみ。箱には「Talking OWL 」
()
とあり、単3電池6個入りのプラスティックの止まり木にとまっている。
タグの裏に説明。

1.本体の後ろにあるスイッチをONにして録音を開始してください。
  ※ ONにした直後の約1秒間は録音出来ません。
2.約8秒間録音出来ます。
  ※ 録音途中で無音状態と認識した場合は、その場で再生となります。
3.再生を2度繰り返した後、再度録音状態になります。

録音時間が8秒とは忙しい。
黙っていると勝手に再生を始めちゃう?
更に詳しい説明が箱の中にあって、こちらには「録音は再生後消去されます」
とある。たった8秒録音して、2回再生したら消えちゃう? 

いったい何の役に立つのかと首をひねったが、取りあえずスイッチを入れて、
“こんにちわ”と言ってみた。フクロウは羽をパタパタさせて、何やらフクロウ
らしい感じのする声で、”コンニチワ…コンニチワ”と言った。
まだ子どもなんだろうか、声はやや高め。

続けて色々言ってみたが、うまくゆかない。
”おはよう!”が 、”ハヨウ!…ハヨウ!”になったり、黙りこんだフクロウと
睨めっこしたりしながら、だんだんとコツを覚えた。どうやら再生後の消去に
一定の時間がかかるらしい。少し待ってやらないと次の録音が入らない。

      *     *     *     

朝起きて、枕元に置いたフクロウに ”元気でいこうね!”と言ってみた。
精一杯明るく言ったつもりなのに、返ってきた声が微かに憂いを含んでいる。
変換されても、声のニュアンスは残るらしい。人工的な声になった分、気分と
いう人間的な要素が聴き取りやすくなっている感じ。思い当るところが無くは
ないので、セリフを変えて、聞こえてくるものに耳を澄ましてみた。

”つかれたよねぇ”……おお、実感!
”だいじょうぶよ”……慰めの気持、こもってますね。
”よけいなことは、かんがえない!”……友人のセリフを借用。
”きみにはできる!”……ちょっと元気が出てきたかな、それでは次は…
”フレーフレーはるよちゃん!” そして仕上げに、”エイ・エイ・オー!!”

嬉しげに羽ばたいて、フクロウがメチャ明るい声で叫ぶ。
私の気分もパァッと明るくなったのは、フクロウちゃんのお蔭?

      *     *     *     

いったい、どんな人が作ったのかしら、この機械。
単なるオモチャとは思えない。
自分を元気にしたい方に、お勧めです。

あ、でもセリフによって効能に違いを生じるかもしれませんね。
その辺は、自己責任でどうぞ。




                          2014.1.15

   註:正確には「Talking OWLET」 ここでは日本での通称を使わせて頂きました。

    (なお、再生から次の録音へ時間がかかったのは、しゃべり方の問題だったようです。)


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