関西と関東・橋渡し文化人類学


西

に生まれて西に住んで〜

東京阪神間  
2頁目

「電車の中の関西人

@関西人…?
A関西人の声
B電車の中の東京人



                   もくじへ戻る







 ようこそ リニューアル版へ!



執筆者のCDと楽譜








     電車の中で、派手に大きな声で話しているのは関西から来た人…という「伝説」が
     東京の人の間にはある。丸きり根拠の無いことではないが、ちょっとチガウ…


 @ 
関西…人?

この場合、「…人」という言葉は、アメリカ人やインド人のような所属する地域による
区別ではなく、北京原人やネアンデルタール人のような人類学的な種別を表す…たぶん。

テレビの「関西人タレント」は、一部の特徴を誇張した、いわば「関西人の縫いぐるみ」
みたいなものだ。パンダの縫いぐるみがパンダではないように、あれが関西人ではない。

関西というと京都、大阪、奈良、兵庫、滋賀などを指すが、東京の人が「電車の中で…」
と言う場合の「関西人」は、大阪弁を話す人達を指しているようだ。大阪弁は、私の居た
兵庫でも話されている。兵庫は大阪に対して、東京に対する千葉や神奈川のような関係に
ある。

京都の人は京都弁を話す。京都弁は静かだから、この場合の「関西人」に、京都人は含ま
れない。阪神間と言われる大阪と神戸を中心とする地域と、京都、奈良、滋賀は、少し…
いや、かなりカラーが違う。

ずいぶんと大雑把な話で申し訳ないが、このレポートで使われる「関西人」という呼称は
「阪神間に住んで、大阪弁を話す人」を指すことにさせて頂く。


 A 
関西人の

「電車の中で派手に大きな声で話すのは関西から来た人」というイメージを持つ東京人は
多い。しかし、それでは関西の電車の中は騒々しいかといえば、、決してそんなことは
無い。ただ、しばらく東京にいて久しぶりに関西の電車に乗ると、乗客たちの口元が、
いかにも話したそうにムズムズしているように、私には見える。

関西の人は、「和を演出する」のが好きだ。
慣れない場所や知らない人の中に入ると、東京人は「差し出がましいことをしては…」と
取りあえずは黙って様子を見るが、関西人は、敢えて一声発して座を和ませようとする。
積極的に行動すれば失敗もするが、失敗から学ぶこともあるだろう。もともと好きな上に
学習を積み重ねて、関西人には話の楽しい人が多い。

関西弁の発音は、母音が強調される。「僕」を東京人が言えば「ボク」だが、関西の人が
発音するのを忠実に文字にすると「ぼぉくぅ」になる。のばされた母音はクネるように
微妙に上下して、耳にメロディを聞いたような記憶を残す。
加えて、楽しんで話すから声のトーンが明るい。メロディックで母音が多く明るいトーン
の関西人の話し声は、良く響いて耳に残る。



 B 
電車の中の東京人

エレベーターの中で黙って上を向いているのは東京人…と言われて、そうかもしれないと
思った。混みあった乗り物の中で、自分の存在を限りなく無に近づけて、他人との軋轢を
少なくしようとするのが、東京人の習性だ。電車の中の東京人は眠っていることが多い。

関西には「話すことを楽しむ文化」がある。食事のときに、まず箸を取るように、人と
会ったら、まず声を発するのが関西人だ。黙っているのは礼儀正しいと東京人は思うが、
関西人は座を和ませるために努力するのがエチケットだと考える。

東京の電車は、関西人から見ると、どことなし雰囲気がクライ。一声発するエチケットの
身に付いた関西人の群れは、疲れた顔で押し黙った乗客に囲まれて東京の電車に乗って
いると、ひときわ明るい声で楽しく話を盛り上げずにはいられなくなるのではないか。

「派手」が「いささか傍若無人」という印象になるときもあるようだが、こういう誤解は
お互いさまだ。関西には「東京人は格好ばかりつけてお高く留まっているのではないか」
という見方がある。誤解のもとは恥の感覚の違い。関西と東京では何を恥ずかしいと
思うかのポイントが、だいぶ違うように私は思う。これについては、追って書こう。



トップページへ 次の頁へ進む もくじに戻る

堀江はるよ公式サイト・エッセイで描く作曲家の世界
<カタツムリの独り言>
 サイトマップ