石原さんの写真館 2019年3月



 
  
 
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石原功のプロフィール
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  先月号でご覧いただいた武家屋敷の並びに、小泉八雲旧居があります。
  小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、”耳なし芳一”や”雪女”で知られる
  「怪談」の著者で、1850年にギリシャに生まれ、40歳で来日、6年後に
  日本国籍を取得、54歳で亡くなるまで日本で暮らしました。
  「怪談」が妻のセツの協力によって書かれたことは、良く知られています。
  松江の旅の終わりに、その八雲夫妻の住まいを見ることが出来ました。

   
                               石原


~もくじ~

   
       
      
 



 

八雲は1904年、東京で亡くなるまでの14年間を日本で過ごし、
松江、熊本、神戸、東京と四つの都市に住んだそうです。


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松江では一年三ヶ月弱暮らし、その内の五ヶ月間この家で過ごしたそうです。
家も庭も、八雲が住んでいた当時のまま、保存されています。


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八雲が使っていた机と椅子のレプリカが置かれています。
16歳の時に左目を失明、右目も不自由だった八雲は、この特別にあつらえた高い机で
原稿に眼を擦り付けるようにして執筆していた…と、解説にありました。


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旧居の庭は、八雲が住むようになる以前の1868年に造られたもの。
約三百坪、規模は小さいけれど、枯山水の観賞式庭園としては高く評価されているそうです。

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部屋の中から、サルスベリの木が目立ちました。

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この縁側からセツ夫人と、観賞していたのでしょうね。

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八雲の著書「知られぬ日本の面影」には、この庭のことが書かれています。
日本全国各地に著名人、文化人の旧居はたくさん残っていますが、
住居に付随する庭が重要な作品の対象になっている例は、他にないそうです。

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       旧居の前に八雲の銅像がありました。
       彼の功績は、当時の西洋人としては珍しいほど日本への偏見無しに
       好意的な目で、広く世界に当時の日本を紹介したことだそうです。
       私も日本人として嬉しく思いました。


   これで、出雲からの写真を終らせて頂きます。
   二泊三日の島根の旅、お付き合い下さって、ありがとうございました。


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「ひらがなの手紙4」より
 
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